山の手入れ人

私(妻)の実家の裏には、父の従弟が所有する里山があります。
明治生まれの私の曽祖父や大正生まれの大叔父がこの山をずっと守ってきました。
もともとの照葉樹林帯も活かしながら、杉やヒノキを植林し、畑を耕し、小川の流れを守り。
樹木は間引きながら風呂焚きの薪に。竹は洗濯竿や柿を取る道具、畑の支柱などとして活用。山仕事中に喉が渇けば沢の水を飲んでいました。湯のみが常備してあったのを覚えています。
大昔はマツタケも採れたそうで、時期には山にDIYした小屋で寝ずの番をして守ったそう。松くい虫で松が全滅してしまいましたが…

暮らしと山とが一体だったのだろうなと思います。
小さい頃に、軽い気持ちでどんどん登って行ったら山の向こう側が見えてびっくりしたことがありました。小学生が遊びで登れるくらいきれいに整備されてたんだなあと、今なら分かります。

そんな山も、曽祖父に続き大叔父も亡くなった後は本家には手入れをできる人もなく、私の父や父の従弟が時々最低限の草を刈る程度でどんどん荒れていきました。
でもそれはしょうがないこと、みんな自分の仕事や生活があります。そして、父の従弟のあとは後継ぎももうありません。
かれこれ10年以上は放置状態でした。

そんな中、夫がジム開業のために退職したのを機に、この山に入って少しずつ手入れをさせてもらうことになりました。びっしり生えた笹藪や下草を刈り、立ち枯れした杉やヒノキを伐採し、増えに増えた孟宗竹を間引いて切り倒し。
昔は山を通ってお墓参りに行けてたんだよ、もう山からは行けなくなったねぇ…と娘たちに話した場所も、また再び歩けるようにまできれいにしてくれました。
曽祖父がDIYで建てた築100年超えの今にも崩れそうな小屋も、夫のDIYで補強に補強を重ねなんとかまだ自立しています。パースはなんとなくおかしいままですが、道具小屋として現役復帰。
長年放置した畑も耕して少しずつ野菜を植えてみています。耕作放棄地だった期間も長く、自宅からも店からも距離があり、なかなかいい具合にはいかないことばかりですが。

周りの親族からは感謝されると同時に心配もされ、「無理しなくていいんだよ、自分ちの山じゃないんだし」と言われることも多いのですが、夫曰く、ただ山遊びを楽しんでいるだけ、だそう。
「地域の里山再生」とか「耕作放棄地解消」への使命感みたいなものではなく請け負った仕事でもないので、無理せずできる範囲で。

私も、少しだけ山に入るようになりました。
自生している樹木の枝を道の駅に出荷したり、空いた畑に樹木の苗を植えたりしています。
本当に多種多様な植物が自生していて、全体を眺めたらひとかたまりの緑があんなにいろんな種類の植物から成っていたんだと実感する日々。
結婚するまでふもとに住んでいたにもかかわらず無知な私には、見るもの感じるものすべてが勉強です。

そして、2025年秋より、雲と野の店舗内に『褪色 -森の枝と日用品-』として山から採った枝をドライにしたものを販売しています。

山の手入れ人の初心者2人。
山の持ち主のことも含め今後どうなっていくかは分からないですが、今はこの里山ライフを楽しんでいきたいと思います。