『褪色 -森の枝草と古日用品-』

『褪色 -森の枝草と古日用品-』

時間とともに色褪せる。
ほとんど誰も気に留めることの無い、でももしかしたら、ほんの僅かの誰かの目に留まることがあるかもしれない、そんな物たち。

店の一角の小さな小さなスペースで、ドライの枝草と古雑貨を販売しています。

―森の枝草

親族の山と畑を、数年前から親族の代わりに管理しています。
元々山畑の手入れをしていた親族がひとり、またひとりと鬼籍に入り、誰も手入れしなくなって10年以上経った山畑は荒れ果て、すっかり森に飲み込まれていました。

そんな荒れた山と畑を夫が少しずつ辛抱強く手入れしてくれ、草藪だらけだったところに道ができ、見通しが良くなり、崩れかかった築100年を超えた山小屋も修復して使えるようにしてくれました。
そうしたら、私も少しずつ山に入れるようになりました。

植物オンチ、無知の私。
山に行っては目に入る植物のことを調べます。
荒れ果てた緑の集合体に見えていた植物のひとつひとつを知るたび、とても新鮮で、どんどんおもしろくなっていきました。
そして、そのなかのいくつかの植物を試しにドライにしてみたら、またそれもとても楽しかったのです。

私は花屋ではないし、生け花やフラワーアレンジメントの知識もありません。
“ていねいな暮らし”の概念とは遥か彼方のところで生きている人間です。
言うなればここは、「山の管理人の直売所」
日々実験的に、山野からおもしろそうな素材を見つけて自然乾燥させたものを店頭に並べています。

皆さんの暮らしの中で、素敵に活かしていただければ。
“きれいに色を残す”ことよりも、時間とともに自然に変わる『褪色』を楽しんでいただければ、と思います。


村から少し離れたその山のふもとには、私が育った一軒家があります。
家に隣接の山や畑は他家のもの。どの家も徐々に山や畑の管理をする人がいなくなり、受け継いだ人たちが村から様子を見に来ることも無く、主人を失った山畑はあっという間に森に飲み込まれます。
我が家には史上最大の『よその家の山と畑に飲み込まれそう危機』が訪れていて、冗談抜きに死活問題。

でも、それも仕方がないこと。山や畑の面倒を見るのは本当に本当に、本当に大変です。

でも、「自分ちの山も、もしかしてちょっと面白いのかも?ちょっと見に行ってみようかな…」と思う人がひとりでも増えたら。
山に人の気配が増えれば、歩くところの草も少しは減るかもしれないし、筍を掘れば竹の進出も抑えられるかもしれない。
動物天国も今より少しは抑えられるかもしれない。

私は、山で見るものをただ面白がっているだけです。
誰かが同じように面白がってくれたら。
誰かが自分の家の山や畑のことを思い出すほんの小さなきっかけになったら。

―― 本当におこがましい以外の何物でもないですが、そんなふうに思います。

―古日用品

小さな頃から、時間をかけて古びていった物にとても惹かれました。

祖母のウールのコート。
飴色になった木製品。
ペンキの飛び散りが蓄積された床。
手近な物で修理された小家具。
歪みのあるガラス。
開かない木枠の窓。
珈琲染みの付いたテーブル。

時間とともに、また生活の積み重ねとともに色褪せていった物。
誰かにとってはもう捨てる物が、私には唯一無二の素敵なものに見えてワクワクするのです。

そんなモノを。

まずは、いつの日か機会があれば…と昔から集めていたものを中心に。
年月と生活の蓄積 ―染みや塗料、剥げ、錆など― もひっくるめて、
どなたの心にひっかかるものがあれば幸いです。


※古物のお持ち込みは受け付けておりません。
※古物商許可取得済です。